富士山の樹海

世界文化遺産 富士山

今年の夏、富士の裾野の河口湖にあるレストランに入って驚きました、お客さんのほぼ90%が外国人観光客で我々も中国人に間違えられるほどでした。今や富士山は世界文化遺産として登録され外国人観光客の聖地になっています。

葛飾北斎はその雄大さと、季節によって変わりゆく美しい富士山に魅せられ富嶽三十六景を描きました。又かつて富士山は一度も登らぬ馬鹿二度登る馬鹿とあまり芳しくない言葉が語られる事もありました。人々は富士山にごみが散乱していて、その仰ぎ見る美しさと実像の違いにがっかりしたのでしょう。

富士山のもう一つの側面

富士山にはもう一つあまり芳しくない評判があります。富士山の裾野に広がる青木ヶ原の樹海です。自殺の名所として不名誉な評判があります。西暦864年に起きた貞観大噴火で噴出した溶岩で埋め尽くされた湖に1000年以上かけて樹木が繁茂してできたのが青木ヶ原の樹海だそうです。

樹海の自殺伝説は様々な言い伝へもあり又松本清張の小説にも描かれています。このエッセイは人の自殺という重い課題について語るのではなく、樹海に迷い込みやがて命を落とすように、人は何故複雑な人間関係や膨大な情報の渦に巻き込まれ、戸惑い、自己を見失い、行くべき道を見誤りそして失敗して自滅するのかという視点から私の勝手な思い込みと想像を交えて話しを展開していきます。

コンクリートジャングル=樹海?

新聞、テレビ等のメディアを含めSNS等で、人は情報の渦という樹海の中にいます。又解きほぐせず複雑に絡み合った人間関係の中で喘ぎ苦しんでいます。情報の渦、複雑な人間関係という混沌とした地の底で這いずり回っている様はまるで樹海の中を彷徨っているようです。

富士山の樹海には自殺願望で踏み込む人、何も知らずにピクニック気分で入り込む人、興味本位で何気なく入り込んだ人。理由は様々です

樹海に入り込むとまずは1キロ位進んだ場所で辺りを見渡すとゴロゴロした溶岩、曲がりくねった根っこ、そして見渡す限りの樹木の群生。全く行先を示す目印がありません。ここで人はふと自殺を思い止まったり、迷い込んで戻れないと恐れを抱き引き返そうとします。

樹海では磁石が効かないという伝説もあり又残念ながら最新のGPSでも位置情報を掴めません。最後に頼れる情報源はこれまで歩いてきた樹海にある樹木と溶岩の塊の記憶であり、この記憶だけを辿って戻る方法しかありません。あの辺に幹の太い樫の木、300メール先に沢山の葉が茂った大きな白樺、入り口付近に溶岩が堆積していたなどと記憶を辿れば何とか入り口まで戻れそうです。

しかし10キロ程進むと辺りの様相が変化してきます。森がさらに深くなり同じ種類の木も形が変わり色彩も黒々としてきます。足元の溶岩も違った形の苔に覆われ判別がつきません。方向感覚も失い長時間彷徨し疲労困憊してきます。

更に歩き続けるうちに夜の闇に包まれ、唯一の情報源である樹木は漆黒の暗闇の中に包まれて全く判別不能となり、空腹感と疲労で自己の精神状態に変化が生じ、恐怖感が募りついにパニック症状となってしまいます。樹木はまるで森に宿る死神の如く揺れて見え恐怖のあまり倒れこんでしまいます。その後はただやみくもに彷徨しやがて意識を失います。白骨死体寸前となってしまうのです。

樹海にいても迷わない生き物がいる

樹海では樹海に迷い込んだ人間とともに様々な生物が生息しています。鷹が樹海の大空の上で大きな羽根を伸ばしあたかも樹海の底で地面を這いつくばり今や白骨死体寸前に陥っている人間共をあざ笑うかのように悠遊と飛んでいます。

そうです鳥は樹海の中でも絶対に白骨死体寸前にはならないのです。あの膨大な樹海を飛び回り樹海の中に潜む小さな小動物を見つけ捕捉する事ができます。鳥の目は上空からあの辺は紅葉樹林帯、このあたりは針葉樹林、そして2キロ程先に溶岩流の塊等と大きくまず仕分するかのように見極めそして焦点を一点に定めてから膨大な樹海に潜む一匹の兎を捕まえる事ができます。

そうです此れこそが鳥瞰です。鳥は大局を掴み、巨視的、マクロの視点を持っているという事になります。だから樹海の中で彷徨う事もなく生き残る事ができるのです。

コンピューターを使い、数字で俯瞰する

人間社会にあるコンピューターは使い方次第では強力な鳥瞰能力を持っています。

コンピューター上のデータはそのソフトの作り方によって全体像即ち鳥瞰ができるようになりえます。膨大なベースデータを打ち込む人はもちろん全体像をつかむ事は出来ません。

樹海の底に沈んで作業を黙々とこなしています。先ずは樹海から一歩離れ、鳥瞰と大局観を持ったリーダーが鳥瞰図を示し、パソコン上のソフトの作成を指示します。その鳥瞰図というソフトから掴むべき情報を大きく仕分け分類します。仕分けした情報を大分類し、更に中分類、小分類していきます。解決策を掴む為の焦点の絞り込みと検証作業です。

簡単な一例として、例えばこのソフトを使い販売不振の原因を探り且解決策を引き出す手法を見てみましょう。

最初にする作業は販売に影響を与える要因をリストアップする。商品、販売方法、販売網、販売力、地域特性、価格、経済状況、他社状況、販売シェアー、ブランド力、広告等のマーケティング活動等を大分類し分析、類推を実施します。

個々の要因はさらに個別に構成要因をリストアップしデータを積み上げていく。データの集積ができた時点で分析が始まり、仮に商品に問題があると大局観をもって目星をつけたら(直観または臭いがしたら)リストアップされた構成要因のデザイン、価格帯、スペック、品質、使い勝手、顧客のトレンド志向等の中分類に踏み入っていく。

仮に価格帯と目星をつけたら、顧客の望む価格帯、廉価版商品か、または高価格路線なのか、購買ターゲット層、他社とのベンチマーク、コスト構造、損益分岐点等小分類にdrill down(英語表現で掘り下げる)していきます。個々の要因毎にDrill down又は焦点の絞り込み、そして検証を繰り返す事により的が絞られ本質に迫る事が可能となり解決策を導きだすのです。

実はこの作業は鷹が大空から鳥瞰して仕分け作業をしたのち焦点を絞り込みながら兎を捕まえる動作と同じなのです。鳥は対局を掴む鳥瞰とパソコン上の分類作業、絞り込み作業の実践を自然界から授かったその機能を本能的に駆使して兎を捕捉できるのです。

鳥は自然界の神から幸運にも鳥瞰、分類、そして実践というあらゆる機能を持ち合わせていますが人間は残念ながらそんなスーパーマンは中々見当たりません。

人間はその能力と得意分野によって役目を決めて行動していきます。会社で長の名の付く役職にある人は少なくとも空を飛ぶことは出来ませんが、せめて上から見渡せる樹海の丘の上に立ち樹海の中で道に迷い方向を失った部下に対し右にまっすぐ2キロ、大きな樫の木を見たら斜め左に直線距離で1キロ進めば出口があるというぐらいの指示を出す責務があります。

ここで最もしてはいけない事は長の付く人達特に社長までが樹海で彷徨する部下に不必要な情けをかけたり、又トップは部下と共に最前線で苦楽を共にすべきという誤った信念で全員が樹海の中に入り込んでしまう事です。全員が又組織全体が方向性を失い白骨死体となってしまう事になります。

コンクリートジャングルを生き残るリーダー

組織のリーダーに求められているのは決して部下とともに細部に立ちり事細かに指示を出す事ではなく(かえって部下にとっては煙たい行動であり迷惑至極なのです)、最も迷惑なリーダーは彼の上部機構からの細かい指摘を恐れ必要以上の準備を行い、細部にわたる膨大な資料の作成を部下に強いる事です。その結果は最悪の状況となり、役員等から更に細かい指摘を受け部下に再度過剰な要求と長時間労働を強いる事になります。どんな会社でもよくある光景です。

あるべき姿の組織のリーダーは鳥の目を持った鳥瞰で大局に立ち、巨視的な観察眼と時には経験と知見に基いた直感‥で大きな方向性、向かう道を指し示す事であります。方向を指し示し、決断して、むしろ部下を大きな優しさで包み込み、励まし、奮い立たせ、資料作り集団から、顧客に向かうサポート集団、また競争相手に立ち向かう戦う集団を作り上げる事が今リーダーに求められているのであります。

勿論我々も常に自己を対象化し一歩離れて上から見てみる、鳥瞰してみる努力、日々の研鑽、多くの経験をする事により全体像を把握する事が可能となります。継続的な鳥瞰への努力が視野を広くし、適格な判断力を備え、それが自信に繋がり、より付加価値の高い仕事を効率よく進めている自己の変化をいつの日か再発見をすることになっているでしょう。

それが又次世代のリーダーとして成長していく過程と道しるべとなるのです。

三原一郎