承認欲求は本当に厄介なものですね

発信の平成、受信の昭和

SNSの普及であらゆる情報、インスタ映えする写真、そして人々の想い等を誰もが何時でも何処からでも発信出来るようになりました。情報はすべて人から与えられ自ら世の中に自由に発信するなんて若かりし頃は謙虚で引っ込み思案だった昭和世代の叔父さん達には隔世の感があります。

暗い夜空の中、月明かりで照らされた小学校の校庭で古びた映写機から映し出された画質の悪い鞍馬天狗の映画に夢中になり、町のお蕎麦屋さんにある小さな白黒テレビで力道山が空手チョップであの憎きアメリカ人のルーテーズを叩きのめしているのを目の当たりにしてただ無邪気に狂喜乱舞していた昭和世代真っただ中で生きた叔父さん達は自分の想いを自由に発信する事など夢の又夢でした。

情報伝達の在り方

思えば人の長い歴史の中で過去唯一無二であった文字情報は低い識字率(例外的に江戸時代の日本は寺子屋制度もあったことからほぼ96%という驚異的識字率であった)もあり一部の人の貴重で且独占的な所有物として君臨し、又為政者の意向によって恣意的に利用されて来ました。

しかし20世紀に入って人々の情報伝達手段やその在り方が一気に変わって来たのです。新聞、電話、テレビ等による文字、音響、そして映像と言った複合的な情報を駆使したマスメディアが人々にあらゆる情報を時空や国境を越えて提供する事が可能になって来ました。カラーテレビの登場には本当に感動しました。1964年の東京オリンピックで見た深紅の制服を身にまとった日本選手団の入場行進は子供心に世界を肌で感じ又誇り高い日本人を意識させられたものでした。

しかし爆発的に発展してきたマスメディアも基本的には一方向で一部の官公庁、あるいは企業、団体等が作成、編集されたものを人々が受動的に又は選択しながら受け入れる媒体でしかありませんでした。

情報を自ら発信する手段はこれもまた基本的に一方向であり手書で丁寧に書かれた手紙や懐かしい黒電話などを使って密かに、慎ましく相手に伝え承認欲求を行っていたのです。時代が目まぐるしく変わり昭和世代の親父さん達には追いつけないような変化がほんのここ10年の間に突然降って沸いたように起こっています。そうですインターネットの登場です。

私を見て|承認欲求の爆発

究極のナルシズム|即席安易型承認欲求

全て受け身で限られた手段で自らをアピールしていた時代からアッという間に人々は自由に心の奥底に潜んでいたあの承認欲求という欲望を解き放つ事が出来るようになりました。

リアルな生活であまり充実感を持てない人、つまり承認欲求を満たされていない人でもスマホから自慢の写真や趣味の作品、又自己のあらゆる喜怒哀楽の感情、高揚した気分等をおおらかに、自慢げに、やがて来る一部のその場限りの空気のような称賛や思いもかけなかった悪意に満ちた嫉妬、罵詈雑言等の反撃を防御する手立てもなく一瞬の指のスワイプで発信してしまいます。

場合によっては炎上の憂き目にあってしまいます。アメリカ大統領が放つ強い承認欲求と多少軽率で思慮に欠けたツイッターでの一文がリアルタイムで世界を駆け巡り世界情勢に重大な影響を与える世の中になってしまいました。この事が人々の幸福と安寧に繋がって行くのか誰も想像できません。

世の中には計り知れない承認欲求を持って意図的に炎上させる事により自己愛を満たす究極のナルシストみたいな人もいます。この事を即席安易型承認欲求とでも言うのでしょうか。

しかし現実の世界では承認欲求は幼年期、青年期にそして責任ある大人更に老年期に至るまで形を変えて時には森の中の穏やかな湖の湖面のように、時には火山の奥底で煮えたぎっているマグマのように人の心の奥深く沈んでいます。そのマグマの噴出は人の人生を大きく変えてしまいSNS の炎上どころでは済まされない程の重大な結果をもたらす事になります。

承認欲求は姿、形を変えて人の心の奥底から噴出してきます。

秋葉原の通り魔|愛情渇望型承認欲求

まずは幼年期、青年期に特徴的な愛情渇望型承認欲求です。

エデンの東という24歳で愛車ポルシェに乗り事故死したジェームスディーン主役のアメリカ映画があります。ジェームスディーンの哀愁に満ちた表情が非常に印象深い映画でした。信心深い父親、離婚した対照的に世俗の灰汁にまみれその渦の中で逞しく生きる母親との狭間で息子の青年キャルは一人前の男として一途に父親からの愛情を求めますが何故か母親に似たキャルは父親の心を開く事が出来ず悶々とした日々を過ごします。

父親の愛情を一身に受けていた兄アロンが失踪したことを知った父アダムはショックのあまり病床に伏してしまいます。そこでずっと病床の傍らで看病をしていたキャルにふと不器用な頼み事をします。

(あの看護婦は喧しく煩わしくて叶わない、外に出してくれ。お前だけが傍について欲しい。)キャルの悲しいまでの切ない父親への承認欲求がついに満たされた瞬間でした。

親の愛情や頼りにしている先生、友達からの励まし等を穏やかな湖に浮かんだ小舟のようにゆったりと無意識のうちに感じ取り小さな成功体験を又無意識のうちに積み重ねながら幼年期と青年期を過ごした人又はエデンの東のキャルのように何とか親の愛情を実感できた人とそうでない人には明らかにその後の性格形成に違いが出てくるように思います。

自分に自信を持てない、自分を過大に見せようとする。時に落ち込み、はしゃぎ情緒不安定になりがち、他人の目を過剰に意識する。常に心の奥底に潜む承認欲求が過剰に噴出し、ゆがんで自虐的にとなりついにマグマが噴出して突拍子もない事をしでかす事もあります。

秋葉原の通り魔事件。犯人の加藤智大は母から厳しく育てられ母の期待に応えられず自虐的な生活をしていく中でついにマグマが爆発し母親に反旗を翻し凄惨な事件の首謀者となってしまいました。幼年、青年期における愛情渇望型承認欲求とでも言うのでしょうか。

源義経、明智光秀|過激上昇志向型承認欲求

幼年期と青年期の承認欲求に対して人が成人してから人は自己顕示欲、上昇意欲という誰にでも存在する承認欲求の虜にはまっていきます。そうです過激上昇志向型承認欲求です。

日本人の心に残る伝説のヒーローである源義経も又承認欲求という心の奥底にある亡霊に翻弄され悲しいまでの結末を迎える事になりました。

鎌倉に満福寺という小さなお寺があります。この寺は義経ゆかりの寺で

一の谷、檀の浦の戦い等で平家を滅ぼし数々の武功を上げた義経でしたが慢心した義経は彼の心の奥底にあった過剰な承認欲求が噴出して兄頼朝の許可無く京都で最高位の検非違使という官位を受け、更にあろうことか義経の行動に不信を頂いた頼朝が送り込んだ側近と対立してしまいます。

兄頼朝は義経に謀反の兆しありとみなし東国への帰還を禁じ、義経は朝敵として追われる身となってしまいました。幼い頃に母を亡くし京都の鞍馬寺で育った義経にとっては父親替わりでもあり又憧れのスーパースター的な存在でもあった頼朝の怒りは義経にとって思いもかけない事でした。

ここから兄頼朝からの許しを請う義経の涙ぐましいまでの承認欲求が始まりました。東国帰還は禁止されていましたが京都から頼朝の許しを請う為遥々東に旅立った義経は東国への関所であった鎌倉の腰越にある満福寺で留め置かれてしまいました。

ここで義経は有名な腰越状をしたためます。義経は心を込めて書き連ねていきます。孤児となって心安らぐことのなかった鞍馬寺苦難の生活、兄頼朝に対して何の野心もあろうはずがなく、むしろ兄の為に命を懸けて戦ってきたが認めて貰えない無念な心情、最早命運が尽きてしまった諦めの境地、これまで行動を悔い改める事等を縷々と書き綴り、最後に兄頼朝の許しを得る為に自分は神仏におすがりするしかありませんと切々と訴えたのです。

権力者となっていた兄頼朝は政敵とみなした義経に対してその勘気を解く事はありませんでした。義経の命運は尽きてしまいます。義経の自己顕示欲という承認欲求はついに権力者への言い訳がましい自己承認と許しを請う為の承認欲求に変わり果ててしまいました。

織田信長に反旗を翻し本能寺で信長を打ち滅ぼした明智光秀も恐ろしいまるで鬼のような上司であった信長に果てしない承認欲求と自己承認のジレンマに苦しみ抜いた末の反逆でした。事の大小はあるでしょうが我々も又同じような経験を積み重ねあらゆる承認欲求をしながら遠く長い道のりを歩いているのでしょう。

SNS上の軽い安易な承認欲求や歴史上で繰り返され、現実社会のあらゆる場面で頭をもたげる自己承認と承認欲求はこのようにその欲望に際限がなく実に厄介な代物です。際限の無い過剰な承認欲求が炎上を招いたり自己破壊に繋がったりしていきます。

波風立てられることを嫌う人ばかりで|衝突回避型承認欲求

一方では最近子供や若い人に見られる自己承認や承認欲求には全く真逆な傾向も見られます。自己承認と承認欲求に対する消極的な拒否回避欲求のようなものです。出来れば人と直接的に衝突したくない、嫌われたくない、仲間はずれにされたくない、表面的な関係だけは保ちたい。実は人並みの承認欲求を持ちながらも過剰な思慮深さが災いしてありのままの自分を出さずに周りから結局いい子に見られたいのです。

この傾向は実は共同社会を重視する日本人にとっては若い人に限らず多くの日本人に特徴的にある傾向なのかもしれません。しかしこれは内面の自己承認と承認欲求を何とか押し殺すという葛藤との長く、つらい戦いでもあります。この戦いに耐える事は非常に難しく人との接触を拒み孤独に陥るか又はやがて押さえつけ、押し殺していた風船が何時か破裂する時が来ることになります。やはり実に厄介な代物なのです。衝突回避型承認欲求とも言います。

上から爺さん|暴走老人型承認欲求

更に最近のテレビのワイドショーを賑わせているのが暴走老人型承認欲求です。あんたは知らないだろうが俺は実は有名大企業の部長だった。今の若い奴等には俺たち厳しい体験が分からない。礼儀もわきまえず、ものの言い方も教えられていない。

俺を蔑ろにしていると過剰な思い込みが怒りに変貌しホテルの受付やコンビニのレジ等で怒鳴り散らし、隣人への理不尽な迷惑行為等の過激な承認欲求を繰り返します。始末に負えないのは自分の承認欲求は指導なのだという確信犯的な誤解に基いる事です。本当に厄介です。

承認欲求からの解放

人はこの厄介な代物から心の開放を遂げる事が出来るのでしょうか。心の問題でもあるので少し硬い話から解きほぐしていきたいと思います。

個人主義という名の暴力

聖書を読んだことがない人でも【求めよ、されば与えられん】という言葉はたいていの人が知っていると思います。もちろんこの言葉には深い意味があり正しい解釈が必要であると思いますが、一般的には求めよ、そうすれば与えられるだろう、探せ、そうすれば見出すであろう、門を叩け、そうすれば、開けてもらえるだろうという意味になります。但し与えるれる為には条件があるようです。

  1. 求める相手を間違えるな。
  2. 与えられる者は価値のある者だ【豚に真珠は与えない】
  3. 求める動機が悪い者には与えられない。
  4. 与えられる時期は自分では決められない。

要するにどんなに求めても求める相手を間違えたり、動機不純な欲求や、求める人を相手側が価値を認めていなかったりすれば当然その承認欲求は拒否の憂き目にあう事は明々白々なのです。

戦後アメリカ文化が怒涛のように流れ込み個人主義がもてはやされていく中で【求めよ、されば与えられん】を正しく認識しないまま妄信して、無遠慮に、言ったもの勝ち等と遮二無二に自己承認と承認欲求を求める風潮になっていきました。

江戸時代の寺子屋より受け継がれる心

一方日本人にはとても馴染深く又意義深い言い伝えがあります。江戸時代の寺子屋で教えられその後日本人の心に染みついた言葉。孟子の【足るを知る】です。

足るを知るとい言葉は一般的には身の程をわきまえてむやみに不満を持たないと理解されていますが本当は続きがるそうです。

【足るを知る者は富、務めて行うものは志あり】務めて行うものは志ありという事は自分自身の内面を務めて知る努力をするという事でしょう。

この事を念頭にもう少しこの【足るを知る】を次の6つの視点から深読みしていきたいと思います。

1.今ある自分に満足する。感謝できる。

昭和初期の作家山本有三の路傍の石に出てくる少年が先生に諭されます。親がつけてくれたお前の名前は吾一だ。吾は一人という意味だね。世界でお前はただ一人のお前しかいない。だから自分を粗末に扱ってはいけない。

世界でただ一人の自分を産んでくれた親に感謝して自分を大切にして自分の心にあるあらゆる弱さ、不満、人を羨む気持ちに打ち克って(克己)生きて行きなさいと諭しました。今ある自分を肯定的に認める。今ある自分を作くってくれた人々に感謝する。

2.報われる事を過剰に期待しない。

幕末の立役者セゴドンこと西郷隆盛の有名な言葉があります【命も要らず名も要らず、位も要らずという人こそ最も扱いにくい人である。だがこんな人こそ人生の苦難を共にする事の出来る人物である】西郷さん程立派な行動は出来ませんが、少なくとも報われる事を期待すればするほど後の落胆が大きい事ぐらいは分かります。今ある自分に与えられ直面した課題を着々と成し遂げていく事が重要なのでしょう。

3.【俺が俺が】を務めて控える。

ある大企業に勤めていた部長さんが転勤になりその歓送会が開催された居酒屋で部下にくどくどと俺がいなくなったらこの先心配だ等と息巻いていました。部下は本当ですよね。部長の功績は凄かったですとあたり障りのない返事をしていましたが、心の中では替わりは何時でも誰でもいる。いっその事自分ができると思っています。

俺が俺がは結局同僚や部下を軽んじ、信用していないのです。俺が俺がと前に出れば出る程人は引いて行きます。人は自分が考えている程自分を評価していないのです。こんな時こそ部長さん、断捨離の原点に立ち返る時なのです。成功体験をあえて断つ、自己過大評価を捨てる。今ある居心地の良い安全地帯からさっさと離れて次の自己実現に向かいましょう。

4.他人の評価から距離を置き自分のなすべき事を着実に。

これまた幕末のヒーロー坂本龍馬は日本を一度洗濯いたし申し候という言葉の次に有名な言葉を発しています。【世の中の人は何をぞ言わば言え、我がなす事我のみぞ知る】誰しも他人からの評判や評価は本当に気になります。

他人の評価は実は自分の努力や成果の結果として後からついて来る事である事は心の中では理解しつつも、自分は正当に評価されていない、更に疑心暗鬼が進むと他人がフェアーでない行動で裏工作をして自分を貶めている等と思い込みます。そんなときこそ坂本龍馬の自分を信じた道を貫きとうすという生き方とこの力強い言葉を支えにしてまずは自分を振り返り自分の力量に会った行動を着実に進めながら実力を蓄えていきたいものです。

5. 幸せの(はひふへほ)

つい最近私の妻が面白い話を友達から聞いたと言ってきました。幸せ

の(はひふへほ)という小話です。は/半分でいい。ひ/人並みでいい。ふ/普通でいい。へ/平凡でいい。ほ/程ほどでいい。チャレンジ精神に欠けて若者特有の向上の欠片もないので若い人にはあまり聞かせたくない話しのように思えます。人生の峠を越えた中年の夫婦が、私達も頑張ってきて、人並みの生活が出来るようになったし、これからもやはり平凡な生活が一番だね、等とお互いに自分を納得させながら来し方を振り返っているような話です。

しかしこの話は承認欲求と多少の関連があるようです。人の承認欲求は際限がなく、大きくなれば成る程、欲求が満たされなかった時の心の落差が大きくなり次の一歩を踏み出せなくなることがあります。又刺激的な承認欲求の継続は人の心を疲弊させます。こんな時幸せの(はひふへほ)絶大な心の薬となるのです。

マー今回は半分ぐらいの出来で程ほどの結果だ、平凡で人並みだけれどこれは努力した後の結果だと潔く認め、これで十分と敢えて心を納得させる心の鎮痛剤になります。そしてハードルを一段下げて又前を向き一歩踏み出してみようという心のビタミン剤になるのです。下げたハードルがビタミン剤を飲むたびにけ一段又一段と上がって行きいつの間にか思い描いていた承認欲求のレベルに近ずいて行けばいいのです。

6.人生を俯瞰する、大きく捉える。

私がまだ幼い頃の鮮明な思い出があります。星が煌めく夜空の下である日父親に手を引かれて銭湯から帰る夜道で、履いていた下駄がカラン、コロンと静かな夜空に鳴り響く音を感じながらふと父親の独り言とも思える言葉を聞いていました。

空を見上げてみなさい、星が沢山あるだろう、あれは宇宙と言うのだ。あの大きな宇宙には銀河系があって、太陽系というのがありその中に地球というちっぽけな星があるのだ。その地球に日本があり今お前が住んでいる町があるのだよ。

子供心に父は何を言いたかった分からないまま、ただ綺麗な星を見上げていました。成人して父親と同じ年齢になり、それなりの人生経験を積んだ時にあの時の父親の状況と想いが漸く分かるようになりました。その頃父は小さな会社を経営していましたが、おそらく倒産の瀬戸際で資金繰りに奔走し人間関係もこじれ毎日人に頭を下げながらそれこそひたむきに承認欲求していたのでしょう。

空を見上げて子供に宇宙の大きさを諭しながら自分は何でこんな小さな事にいつまでも拘ってくよくよしているのだと自らを励ましていたのだろうと漸く理解すると、懐かしくもあり、自分も又親父と同じように頑張ってみるかと何故か元気が蘇る気持ちにもなりました。

山の頂上から遥か先に霞んで見える小さな町の光、大きな海の寄せては返す波の音、自然の大きさに比べ小さな自分という存在を顧みると肩の力がスーッと抜けて、自分を大きく見せる必要もなくなり、片意地を張っている自分、他人と見比べる自分がすっと消えて行きました。

そして自分の些細な悩み事はなんと小さな事だろう、何も恐れる事はない、こんな壁はいつでもぶち破ぶって見せるのだと不思議な勇気が湧きだし又一歩を踏み出してみようと思える瞬間となりました。

承認欲求という厄介な代物は目立ちたがり屋の自分、人目や他人の評価を過剰に意識する自分、過剰すぎるあまりその反作用として落ち込みやすい自分、挙句には自己嫌悪と自虐的になる自分が心の中で葛藤をくり返す事になります。

今一度日本人の叡智が凝縮された【足るを知る】の深い意味を噛みしめながら、大きく深呼吸をして肩の力を抜きましょう。ありのままの自分と、一本道に一筋の光が差したように自分の進むべき道が開けてきました。そんな時こそ漸く足が地に着いたありのままの自分を表現した承認欲求をしてみましょう。きっと十分すぎる程満足できる健全で心穏やかな自己承認と言う対価を得る事が出来るでしょう。

三原一郎