アントレプレナーシップを学びたければ、ラーメン屋台の親父を見よ。という話

アントレプレナーシップとは

アントレプレナーシップという聞きなれないビジネス用語があります。一般的には企業家精神と訳されています。言葉の語源はフランス語の仲買人とか貿易商という意味を持つEntrepreneurから来ているそうです。

貴族に牛耳られ階級社会からはみ出し者になったフランス商人が一攫千金を夢見て地中海から中近東やアジアに乗り出し香料、貴金属等をフランスに持ち込んで大量に売りさばき大儲けをして一躍ヒーローとなりました。

その物語を語り継いだ人々がゼロから創造意欲を持ち果敢にリスクを取って挑戦していった人々を美化、称賛しアントレプレナーシップと呼ぶようになった事がこの言葉の語源となったと勝手に想像しています。

日本のアントレプレナーといえばこの人

アメリカではマイクロソフトやアップルの創業者であるビルゲイツやスティーブジョブ、または古くはヘンリーフォードなどアントレプレナーシップを持った企業家が綺羅星の如く生まれましたが、日本では企業の衰退傾向に危機感を抱く評論家が日本人は企業家精神を持った人物が中々輩出しないと嘆いています。

日本人は創造意欲がない、果ては詰め込み教育が諸悪の原因とばかりにゆとり教育で創造力を養う教育が必要等と息巻いて日本人のアントレプレナーシップ不足を批判しています。

そんな事はありません。日本にはアントレプレナーシップの権化と目される強烈なキャラクターを持った人物が存在していました。明治の豪商岩崎弥太郎です。土佐の貧乏郷士からの叩き上げ現在の三菱の礎を築いた人物で今やアントレプレナーシップを金科玉条の如く教育の柱に置いているハーバードビジネススクールでれっきとした日本人の岩崎弥太郎は生きた教材となっているのです。

日本人の持つ創造力はあらゆるジャンルで発揮され今や世界の驚嘆の的となっていると思います。法隆寺等1000年を超える木造建造物を釘一本使わない職人技、今や外国人が驚嘆するウォシュレットのトイレ、そして朝ドラのまんぷくで有名になった日清の即席ラーメン。アップルのスマホの原型はソニーウォークマンだった事を忘れていませんか。又おそらくロボットの原型は江戸時代のからくり人形だったと思うのです。

もの作りだけでなくソフトの領域でも日本のアニメ、ゲームソフトは今や世界の若者の憧れとなっています。日本発のハードやソフトが世界を席巻している中で訳あり顔の評論家が日本人の創造力の欠如を批判するのはまさしく噴飯ものです。

 

1社員が、創造的に組織を改革するのは難しいよそりゃ

但し日本の一般のサラリーマンが企業の組織の中で如何に創造力を生かして業務の生産性の向上と改善を行っているかという事になると残念ながらちょっと首をかしげざるを得ないのであります。企業内の業務は基本的には経営部門、企画部門、販売部門、開発技術部門、製造部門、そして管理、総務、経理、財務、法務、物流等のサポート部門に大枠で括られ更にこれらの部門が更に課単位、そして係単位に小分類されて運営されています。

一社員が会社の全体像を把握する事は至難の業と言えます。ここに縦割りの弊害が生まれ部門間の連携が失われ当事者意識は無意識的に縄張り意識に変わり個別最適に墜ちる入る事になります。ジャングルのように絡み合った複雑な組織を持った企業内でこそ多少はみ出し者で元気な企業家魂をもった企業内アントレプレナーシップが必要となってくるのです。

アントレプレナーシップは六本木辺りで幅を利かせている所謂ベンチャー企業家だけの特許ではないのです。企業内で全体像を把握し、変化を読み取り、他部門にも働きかけ業務改善を行っていく当事者意識と改善意欲に満ち溢れた人々にも与えられる称号なのです。ここにアントレプレナーシップの権化を言われる人を紹介したいと思います。

アントレプレナーシップの権化、ラーメン屋台の親父

それは屋台のラーメン屋さんです。工場の生産ラインで単純作業をしていたある40代の社員がある日会社を退職します。もちろん奥さんは大反対です。子供を抱えて安定した職場で定年まで何とか安定した暮らしを望んでいましたので奥さんの反応は至極当然の反応でした。しかし彼の意思は固く、奥さんにある強い願望を伝えます。一生のお願いだ、俺を男にしてくれ何とか金持ちの実家の親父さんに金を貸してくれるようにお願いしてくれと。

資金調達

そうですラーメン屋の屋台の資金調達を依頼したのです。もちろん彼は市場調査、開発、資材調達、製造工程、販売目標、売上利益計画そして資金返済計画等を緻密に計画していましたので資金提供者の義理の父親の前で堂々と彼の事業計画を説明しました。親父さんも可愛い娘を路頭に迷わす訳に行かないので渋々了承しました。資金調達が出来たので屋台と関連の機材を購入。

市場調査(マーケティング)

次に取り掛かったのが市場調査です。売れる場所はどこか。そうマーケティング活動の開始です。屋台をどこに出すか。人が多く集まる所、また一旦人が立ち止まる所。そう駅前です。いくつかの調査ポイントがあります。早速駅の時刻表を見ます。いくつかの私鉄が乗り入れている事、本数が多い事。終電がなるべく遅い事。又駅前にタクシー乗り場がある事、常時タクシーを待つ人の長い列がある事。駅周辺に居酒屋が多い事、駅より離れているところに団地や住宅が密集している事。周辺に高校や塾等がある事等を調査しました。

掻き入れ時即ち稼働率のピークが少なくとも一日2回以上は必要です。夕方は高校生や塾帰りの中学生、買い物帰りの主婦。夜9-10時以降はなんとなく家に直行したくないサラリーマンが一杯飲んだ後小腹がすいてラーメン。最後に終電で駅についてタクシー待ちをする人達。これなら需要が見込めそうだ。稼働率も一定レベルまで行きそうです。

さて次の市場調査は周辺の競争相手のベンチマーキング。近くのラーメン屋を覗いて客の入り具合を調べ更に食べ歩いてみる。当然ラーメンの基本であるあるスープと麺そしてどんな具を入れているか。ついでに価格もチェックも忘れない。マーケティングの基礎知識である市場競争状況の分析を入念に行った結果戦う場所はA駅前と決め何とか市場参入の目途を付けた。

開発

いよいよ開発に取り掛かる。コアテクノロジーな何か。スープ、麺の質、そして派生技術オプションである具の選択、その量と質。競争相手のラーメン店をはるかに凌駕するスープの開発に奥さんとほぼ1か月悪戦苦闘の末ついに完成。麺は細麺、太麺等試行錯誤を重ねて決定。さらに具は競争相手の海苔に比べ一回り大き目、ネギの量も必要以上に多く入れ激辛要素も加える。

ついに開発が完了し試作品を年代層毎に試食をお願いし上々の評価を得る事が出来た。

部材調達

部材の調達は最も繊細で慎重を要する作業となります。需要と供給と在庫のバランスが収益に影響するからです。保存のきかない材料は売れなかった場合に廃棄処理となり材料費の無駄となります。如何に部材発注の歩留まりを上げるか。

次に調達価格の交渉。売値と材料費、加工費、の差額の所謂粗利をいかに上げるか。売値は市場価格と競争条件そして商品の付加価値のバランスで決定されるので何とか調達価格を品質と供給の安定を慎重に考慮に入れながら納入業者と熾烈な価格交渉を行いました。

もちろん彼は経営管理や経理の勉強を専門にしたことはないのですが義理の父親からの借金を早く返して妻に安心させたいという一心からいかに儲けるかという最も大事の事を肌で感じながら直観的な理解をもっていました。

出店、製造及び販売活動

開発と部材の調達も順調に進みA駅前で店を出します。客足は順調に伸びて生産活動がいよいよ活発になってきました。彼の生産活動は販売促進も同時進行で行います。お客さんに愛想を振りまき好印象を与えながらお客の情報を取ります。次回に来店した時の話題を提供し馴染みの顧客とするためです。サラ―リーマン風のお客が11月の寒い時期に来店しました。

(いやーいま忙しくて毎日残業だよ。そうですか大変ですね。そうだよ、今会社で来年の予算の作成で超忙しいよ、)なんて結構嬉しそうに独り言を言っています。そうかこの時期サラリーマンは忙しいのだ。この情報が販売予測と資材調達に活かされます。冬の寒い時期、サラリーマンの帰宅時間が予算作成作業などで遅くなる。この時期は通常の発注量の1.5倍に思い切って見込み発注をしました。

販売促進をしながらも生産は手際よく行います。何せお客さんは5分はまってくれません。ましてや対面での生産です。彼は生産革新の勉強はしていませんが生産のタクトタイムを3分で行うために麺と具そしてラーメンの器の配置をすべて手の届く範囲内に配置して効率よく生産していきます。

しかもお客さんに販売促進活動をしながらです。お客さんを待たせず、お客さんの好みの話題を提供しながら顧客満足度を上げてリピーターの確保に努めます。今日もこうやって一日が終わり売り上げも順調に伸び、リピータ―も増えていきました。

経理、経営管理

店じまいして自宅に戻ります。サラ―リーマン時代にパソコンを使って業務していたのでエクセルを使用して販売実績、コスト計算、経費計算、収益計算をしていきます。多少のソフトを入れて販売分析(季節指数、カテゴリー分析)コスト分析。利益分析等をグラフ化して経営分析しながら改善点を常にチェックしていきます。更なる商品開発、生産性の改善、コストダウン等のアイディアを常に準備し実行していきます。

資金返済(ROI)

その結果業績が上がり資金返済計画を着々と実行していきます。ROI【Return of Investment)なんて言葉は勉強したことはないけれど義理の親父から借りた金はきっちりと返すという当たり前の事を実行するという正に単純なモチベーションが大企業の組織ジャングルの中では至難の業である全ての領域でアントレプレナーシップをもって進めて来たのです。

がんじがらめの組織でアントレプレナーシップを発揮することはできないのか?いや、できる

大企業内では多くの人間が関わり部門毎に非効率で非生産的な活動が繰り返されて行く中で彼はこうして一つの事業のすべてのプロセスを一人で進めてきました。

借りたで金をきっちりと事業の成功で返済するという正に単純なモチベーションが彼にアントレプレナーシップを十二分に発揮してごく自然に内部から湧き出る能力を引き出して成功を導き出したものと思います。さてここで問題は組織とルールで縛られ人間関係に縛られた企業内の人間が如何にアントレプレナーシップを発揮できるか、または発揮する余地があるかという事です。答は簡単です。十分にあるのです。

自分は人を生かしている、人が自分を生かしてくれる。

まずは当事者意識を持つ事。人の役に立つ、人のために見返りを求めず何かを投げ出す。その結果人は必ずいつかは声をかけてくると信じられるか。小さな事から始めるとそれが輪となって広がりまずは小さなグループそしてさらに大きな組織まで広がる。これを信じていないと当事者意識は永久に持てない。

会社は生きた有機体、すなわち人体だと思え。医者の心得を持つ事。

会社は各部門とそれを構成する部、課、係から構成され夫々が連携して活動する有機体です。それぞれの構成分子や細胞は人であり細胞をつないでいる血流はコミュニケーションや正しい情報です。血流の流れが悪くなると人間の臓器をつかさどる機能が衰えてきます。

一部臓器の細胞が劣化し癌細胞化していくと当然ながら臓器は機能しません。会社内で何処に血流が滞留しているか、会社内のどの部門に癌細胞が蔓延っているか見極める力を養う。これがアントレプレナーシップをもって改善に繋げる第一歩です。

自己の所属する部門の役目を正確に理解する。

自己の所属する部門が企業内においてどんな重要な役割を果たし何に貢献すべきかを正確に理解する。人間の体の臓器の役目を十分に理解し臓器の働きを活発にさせる。

部門の前と後ろのプロセスを理解し十分に連携をとる。

例えば製造と設計。製造に問題が発生した場合には当然後ろ工程の品質管理と連携するが問題は上流の設計に起因する場合には設計者と再度見直しを図る。設計の見直しでコストが上がってしまう等の問題が2次的に派生する場合には横軸の経営管理等を巻き込む。組織は全て人間の体と同様血流と神経の連動で機能している事をよく理解した上で有機的に血流と神経をつないでいく作業を当事者意識で率先して行う。

小さな連携をさら拡大させる。

製造の問題の解決は供給の安定、コストの平準化に繋がり顧客に迷惑をかけない、利益確保の安定化につながる。この意識が販売への関心又企業業績への関心に繋がり更に影響力をもって連携の輪を広げ血流と神経細胞の連動が他の臓器に広がり身体全体、組織全体の活性化に繋がっていきます。小さなアントレプレナーシップの芽が生まれた瞬間となったのです。

専門領域は極める事よりまずは強いモチベーションがと全体像の把握

ラーメン屋の屋台の親父は個々の専門領域に深い知識を持ち特に大学で勉強していたわけでもありません。しかし借りた金はきっちり返すという一点から事業の全体像を把握しあたり前にすべき事を必死にこなしていく間に個々の専門領域においてもOJT(on the job training )経験的に知識を積み重ねていった結果として人並み以上の能力を発揮できるようになったのです。あるモチベーションがアントレプレナーシップを芽吹かせ、全体像を把握する事によりさらに大きく育ていったのです。

三原一郎