高杉晋作と職場ストレス

ストレスフルジャパン

リーマンショック以来企業リストラ、雇用不安、数々の企業内組織変更、または横行するパワハラなどで企業環境が厳しさを増す中でサラ―リーマンのストレスといううめき声があちこちで聞こえてきます。

経済が右肩上がりで名門大学を出れば将来を約束されていると疑いもなく信切っていた人々にとっては今彼らがおかれている状況は全く予想も出来なかった事態であり出口の見えないトンネルに迷い込み謂わばストレスという病におかされている状況なのでしょう。

この状況は戦前の死を覚悟しなければならない生活空間に置かれていた人々又は戦後一時期の正に食にもありつけない状況における心の緊張に比べると現代的なストレスははるかに軽微なものと思われますが、これはあくまでも人の心の問題に起因する事でストレスの軽重を比較する事は難しい事なのでしょう。

但し少なくとも昨今の自殺者の増加、ストレスに起因する軽犯罪の増加等を聞くにつけ現代人のストレスに対する身体的、精神的耐性が大変弱くなっているといえるかもしれません。そこで人は藁をすがる気持ちでストレス解消法もののHow to雑誌を読みインターネットにすがります。

ストレス解消法分析(三原調べ)

スマホのインターネットでストレスが解消できるのならば人は幸せな暮らしを取り戻せるのでしょうが、これが中々一筋縄ではいきません。そこでストレス解消法について私なりの分析をあえて行ってみました。

  1. ストレスの解消法は大きく分けて他の人または対象物に攻撃的に向けるもの。
  2. ストレスを生み出す対象から防御的に距離を置き他の興味のある事柄に自己を埋没させる。又はストレスを一時的に忘れ去れる行動に走る。
  3. そして3つ目はあえて心に巣くっている悩み、葛藤、執着から起因しているストレスを自己の内部に一旦取り込み、心の一方の片隅にあるポジティブな優しさ、寛容, 空のように澄み切った広がり、そして強さでこの悪魔を心の内部で極小化させていく。

1.他の人、対象物に攻撃的向けるもの。

居酒屋などで上司の悪口をいう、愚痴る。部下や奥さん等、自分より弱い立場にあると信じ込んでいる人に当たり散らす。

そこら中にある壁を蹴り穴を明ける、物を投げつける、動物を虐待する挙句の果ては放火に及ぶ。これは危険極まりなく、パワハラ、ストーカー行為そして軽犯罪的行為に進展していきます。

2.他の対象物、行動等に一時的、防御的に身を置く。

殆ど一般的に行われている方法。ストレス解消の為スポーツに汗を流す。趣味に没頭する。旅行をして一時的に現実世界を忘れさせる。これは意外と効果がない人が多い。旅行でストレスを逆にストレスを溜める人そのまま疲れを仕事に引きずる人もいます。ブルーマンデーと言いますね。

スポーツもあまり勝負に拘ると又それがストレスの一因ともなります。わずか1メートルのゴルフのパットで心筋梗塞となり救急車のお世話になった熟年男性。ギャンブルもストレス解消には最適ですが依存症によりストレスを再生産していきます。皆さん心当たりがありますね。

全て過ぎたるは及ばざるがごとしという事でしょう

3.自己の内部に向ける

この方法はさらに2つに分かれます。第一は自己抑制力の強い真面目に物事立ち向かう人。休日出勤もいとわず仕事に没頭しストレスを生み出している原因そのものに立ち向かい解決しようと果てしない努力をする。これは深みにはまると最悪の結果を招く。過重労働、そして自殺。

いじめ、差別を誰にも相談できず自己抑制で内部に取り込む。波風が収まる事を果てしなく待つ。結局波風は収まらず益々心の悩み、葛藤が極大化し堪え切れなくなり悲劇を生む。第2の方法はストレスの対象物を誰でも公平に持っているもう一方の心のポジティブな心の動きを使ってその意識の中で極小化する。このことにより心に巣くっていた実は小さい不安、葛藤、執着、そしてストレスを吹き飛ばし自己の気分を高揚させ元気の源を生み出す。

高杉晋作という男

ここで高杉晋作の登場となります。

高杉晋作は長州藩の侍で幕末を動かした志士でありました。

奇兵隊という画期的な軍隊組織を作り上げ固陋な家老たちに牛耳られていた藩政を崩壊させ長州を幕府討伐へ向け闘争集団に変えていった。ついには江戸幕府解体、明治の夜明けの礎を作りました。高杉晋作は明治の夜明けをその目で見る事なく早世してしまいます。

幕末の奔流の中で多くの若い志士達がその短い命を路地裏で暗殺に倒れ、戦の中で戦死を遂げている中で高杉はその意に反し病に倒れ畳の上で疾風の如く駆け抜けたその短い27歳の命を閉じることになりました。

高杉晋作の死を看取ったのは一人の尼さんでした。高杉は息を引き取る前に尼さんに一つのお願いをします。

―最後に辞世の句を詠みたい。筆と紙を持参して欲しいー

尼は早速持参し筆と紙を高杉に手渡します。高杉は書き出しました。

―面白き事もなきこの世を面白くー

ここで高杉は力尽き筆を落とします。そして時代の若き英雄はその短い人生の幕を閉じたのでした。尼は悲しみに打ちひしがれますが高杉の為に大事な仕事が残っていました。それは高杉の辞世の句の下の句を継いであげる事で

ありました。尼は高杉の短くも激しいそしてその裏にある高杉のどこか人生を広い空から大きく達観した、淡々とした生き方そしてその達観から生み出される高杉の心の躍動を深いところで理解していました。そこで。

―棲みなすものは心なりけりー

と下の句を継ぎました。尼は高杉の波乱万丈の人生と裏腹なその落ち着いたむしろ達観したような心を想像してみました。

高杉にとって人生はすでに心の中でその道筋が分かり切っていた事で二十歳の頃には多分かなわぬ夢だと思いつつも輝かしい自分の将来を夢想し、しかしやはりかなわず、周囲に押し流され25歳くらいで妻をめとり、若い時は思いもしなかった些細な事に悩み、不安におびえる自己に嫌気を感じながらもあくせくと働き、そして時が流れやがて子孫を残し多分平凡な生き方で一生が終わる。

人生はすでに生まれた時から誰かの手によって設計図が書かれていてそれは時には長く、また短く時には辛くもあり、楽しい事も少しはあり誰にでもある平凡な人生。そうだよなー。だからこの世の中は望むほど面白き事もなきこの世なの だろう。そこで高杉は心の中で別の叫び声を聴きます。そんな分かりきった面白き事も無きこの世であるならいっその事自分しか持っていない自分の心でこの世を面白くしてみようじゃないか。

彼は自己のおかれている状況を大きく上から見て、一歩離れて自己を対象化し自己と自己の人生をあえて極小化する事により自己の心を高揚させたのです。

どっちに転んでもどうせ大した人生じゃない,よしそれなら肝を決めて自分を何かに投げ出してみよう。

彼の心の中での自己の極小化、置かれた状況の極小化が彼の心の余裕と高揚を生み出し、そしてそのことこそが高杉の並はずれた創造力、勇気、胆力、疾風のような躍動となって表現されわずか27年の多分十分に面白き人生となった。

高杉の下の句を継いだ尼はそんな風に高杉晋作の人生を想像したのです。

この高杉晋作に対する尼の理解と愛情が高杉の上の句を生きた一つの完結した辞世の句としたのです。

―面白き事もなきこの世を面白く

 棲みなすものは心なりけり。-

我々は高杉ほど華々しい人生を過ごす事は出来ませんが、少なくとも今抱えている悩みやストレスを一度大きく上から見たり、踏みとどまって別の角度から見たり又空を見上げて宇宙の大きさと比べて、なんて些細な事と思い直すことぐらいは出来そうです。

人は一度心を捉えた不安、恐れをその事自体としてとらえがちになります。そして思い悩みます。それがかえってその事自体の極大化となり不安を増幅させ反作用として自己の正当性に執着する事によりストレスを増幅させていきます。

高杉のこの辞世の句が与える力は我々に(貴方の不安と悩みはそんなに大げさのものではないですよ。意外に些細な事かもしれません、どうせ面白き事も無き人生でしょう。それならもっと自分らしく自分の思うように大きく大胆に勇気をもって。)と耳元に囁いてくれます。

心に巣くっているものをここで意図的に対象化して極小化します。すると不思議な事に悩みやストレスが心の中で小さくなるとそれまで独占されていた心と頭の中で小さく広がったスペースに元気印の血液が流れ、これまで独占していた悩み、不安を追い出しその空いたスペースに創造、勇気、チャレンジという前向きな部分をこの元気印の血液が刺激し心が活性化して躍動感が溢れ出てきます。そして高杉の言葉が元気の源、元気印の薬に変わっていくのです。

この高杉の辞世の句が頑張っている人々への応援歌となり又何よりも些細な悩みを恐れない積極的な行動につながっていくことを望んでいます。そして又実はこれが気弱になりそうな自己への自戒と励ましと感じている自分をそこに見出しているのであります。

三原一郎